『入りたまえと彼は言ったが明かりがつくと誰もノックなどしていなかった。』 -ツァラ「狼が水を飲むところ」
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時の権力者に恐れられ、抹殺された忍の一族があった。たった一人生き残った男は一族の復讐を誓ったが、権力者を守る軍勢相手に一人では何もできず逆に追い詰められてしまう。腕一本を失いながらも九死に一生を得て逃げることができたのは、一族随一と言われた彼の実力と多大な幸運があってのことだった。それでも彼は一族の復讐をあきらめることはできず、そのころ日本に流れてきていた一つの噂に望みをかけて海を渡る。最強の剣ソウルエッジ。それをもってすれば、軍勢ごと敵を屠ってしまえるはずであった。
大陸へと渡り、剣の噂を追いながら彼は歩を進めた。やがてヨーロッパへとたどり着いたとき、彼はちょうどその頃ヨーロッパを襲っていた虐殺事件の跡に遭遇する。抹殺された一族の記憶が目前の光景と重なり、彼は考えた。
理由はどうあろうと殺意が生み出すのは、深い悲しみと復讐心であろう。そして、その殺意を自分も抱いているのだ。自分が仇と同じことを成さんとしている事実を、一族の皆が望むであろうか…。馬鹿な、一体何を迷っているのだ!
己の中に芽生えた迷いを振り切り、再びソウルエッジを求めて旅を続ける彼。しかしその旅路で幾度も幾度も虐殺の爪跡に出会う度、彼の意に反して迷いは次第に大きくなっていく。いつしか彼はソウルエッジでは無く、虐殺を起こす男の足取りを追っていた。
虐殺を重ねる男…ナイトメアの足取りを追っていた彼は、やがてその居城オストラインスブルグへとたどり着いたが、人の気配はなく、城は静寂につつまれていた。所々に渦巻く邪気が残っていたものの、虐殺の男の手がかりはまったく無く、やがて彼は城を後にした。
それから間もなくして、彼は異変に気付く。彼の刀が禍々しき気を宿していたのだ。
おそらくはあの地に残っていた怨念が、人を斬ったことがある刀に吸い寄せられたのだろう。
彼は妖刀と化した刀に己の名「吉光」を冠し、その負の気を静めることを決意する。これまで復讐の誓いを支えていた彼の精神力はその向きを変えた。そう、彼が抱いていた迷いは遂に悟りへと転じたのである。
だが、ここで思いもかけなかったことが起きた。
彼が怨念を沈めるために精神を使い果たし、不覚にも熟睡してしまったその晩、闇に紛れて忍び寄った何者かに彼の刀は盗まれてしまったのだ。
一日やそこらであの怨念が静まるはずもない。あの刀を野放しにしては再び不幸を招くであろう。
その後吉光は刀を探し大陸を巡りながら、弱きものを守るために働く生活を送っていた。そして四年後、彼は権力者と弱者との貧富の差を少しでも打開するためある計画を立てる。死の商人と言われた大富豪ベルチーの墓、そこに蓄えられているという財宝を盗み出すのだ。
吉光はその技術、体術を駆使してマネーピットと呼ばれる墓へ侵入する。噂どおり内部は罠に満ち溢れていたが、最も警戒していた「番人」には結局出会わぬまま財宝へとたどり着くことに成功した。予想を越える収穫に思わず笑みをもらした彼であったが、やがてその笑みは消えた。
財宝の中に彼は発見したのだ…失われて久しい刀を。そして奥の一室に安置されている空の玉座を発見したとき、さらにその表情は深刻なものとなった。
…玉座の上には、愛刀が宿したものと同じ邪気を放つ金属片があったのである。
数刻の後、己の名を持つ刀と金属片を手に吉光はマネーピットを立ち去った。
このような邪気を帯びる品が多数残っているのならば、それらは全て摘み取ってしまわなくてはならないだろう。そう、あのような悲劇を二度と繰り返してはなるまい。
今や吉光の心に一片の曇りすらない。携える邪気を帯びた品々も、自らの進むべき道を進む彼の心に影を落とすことなどできなかった。