『ああ、神よ、我は汝の力に向かって飛んでゆく!ああ、神よこの作業を認めたまえ!』
-ホノリウスの祈祷-
任務中に死亡した元合衆国陸軍中佐アル・シモンズは悪魔と契約を結び、再び生を得て復活する。
しかし魔界の支配者マルボルギアが彼に甘く囁いた「復活」とは、彼の考えた物とは大きくかけ離れたものであった。 顔は生前の彼とはかけ離れていた。いや顔だけではない。身体そのものが人間のそれではなく、最早化け物と呼ぶのが
相応しかった。そして、記憶すら完全でなかったのだ。
一体自分は何者なのか。記憶のフラッシュバックに悩まされながらも、自ら何者なのかを思い出した彼を 決定的な事実が襲う。彼は時間すら奪われていた。そう、彼が死んでから復活までの間に5年もの月日が
経っていたのである。彼を知る者にとって、彼は既に過去の人間だった。最愛の妻ワンダも既に再婚して久しかった。
だまされたことを知った彼は自らの運命を呪い、マルボルギアに復讐を誓った。ほどなく彼は世間を離れ、 ホームレス達が集う裏路地に住みつくことになる。怒りと悲しみに満ちていた彼を、ホームレス達は
受け入れてくれたのだった。
だが魔界の手によって復活した者−その生みの親を自称するマルボルギアは彼らをヘルスポーン、
もしくはスポーンと呼んだ−に安息が許されるわけがなかった。マルボルギアが何の意味もなく人を復活させているなど あり得るはずもなく、もちろんそれはマルボルギアの計画の一部なのである。
はじめスポーン達は自らの処遇を知って、自らの運命に抵抗するのだが、当然彼らは世間からは人間扱いされない。 そんな中でいつまでも自らを保てる者などそうそういないのが現実だ。。稀にそういった者もいるが、それとて長い時間には
勝てはしない。こうして人間の醜さ、非情さ、残酷さを見つめ続けるスポーンの感情は徐々に冷めていき、 冷徹で非情な存在となっていくのだ。かくしてマルボルギアが望む優秀なコマが誕生する。魔界の支配者は
数多のスポーンを育て、やがて天界を攻撃するための軍隊を創っているのである。
そんなマルボルギアに、ささやかな楽しみがあった。いつの頃からか歴史に現れた「人に手による魂喰らいの邪剣」
ソウルエッジ。周囲に殺戮と災いを振りまき、己を欲してやってきた者の野望と自信を絶望へと変え、 その魂を喰らう邪剣。こうして剣は魂を喰らい続け、その邪悪な波動を強めていく…。ソウルエッジは、非常に
マルボルギア好みの品であった。
この愉快な代物を発見してからどれぐらいたっただろうか。今や邪剣の放つ波動は見つけた当初とは比べ物にならないほど
強くなっていた。いつしかマルボルギアは邪剣の成長を楽しみ、それを刈り取って我が物にするのも悪くはないとさえ 考えるようになった。時が満ちた暁には、彼の軍団の先鋒にソウルエッジを持たせるのもまた一興だろう、と。
マルボルギアは自分の軍隊が天界に攻め込む様を思い浮かべ、うなり声とも聞こえるかすかな笑い声を漏らした。
時折ヘルスポーンが、ソウルエッジが強い邪気を放つ十六世紀へと送り込まれるようになっていた。
それは新たなスポーンである場合もあったし、既にスポーンとなってしばらくたった者である時もあった。 その人選は大概において、マルボルギアの気まぐれによって決まるのである。
送り込まれたスポーンが首尾よく邪剣の持ち手を倒してソウルエッジを持ち帰るも良し、またその冷たい炎に焼かれ、 魂を喰われてしまった場合でも、それは邪剣の良き餌となりソウルエッジはその力を強める結果となる。
いずれにころんだとしても悪くは無いのだ。
そして今日、また一人のヘルスポーンが暗黒渦巻くソウルエッジの時代へと送り込まれた。 今回選ばれたスポーンは若く、熱い感情を持ち、自らの運命に向き合ってあがいていた。
悪魔の気まぐれによって突如見知らぬ世界へ放り出されたアル・シモンズは、思わず呪いの言葉を口にする。
これ以上奴の気まぐれに振り回されるのはうんざりだ。…だが、言葉だけではこの状況を打破することはできない。 奴の手の中で踊るのはまっぴらだが、こんな時代に放り込まれたままなどというのは最悪の展開だ。
唯一の手がかりと思われるのは、ソウルエッジという言葉だけであった。この時代に移された時に頭の中で マルボルギアが語りかけたその言葉が一体何を意味するのかはわからないが、彼は動き出した。
…元の時代に戻るために。