『悪徳は選ぶことから始まる。本人の遺伝、知能、神経の疲労といったものによってこの選択は説明のつかない、あるいは犯罪的なものになるまで洗練される。』
-ジャン・コクト -「阿片」-
宗教抗争の真っ只中にあった16世紀のフランス。そんな時代を揺篭に、貴族達の謀略を子守唄に、そしてレイピアと医学を友として育った冷徹で非情なソレル家の若き当主。それがラファエルである。
彼の処世術は敵を多く作ったが、その的確で素早い判断力と実行力は、確実にソレル家の基盤を堅固なものにしていた。
だが悪名高いイヴィルスパームが起きた年、彼は致命的な間違いを犯した。ソレル家が支持していた貴族の一人がイヴィルスパームを浴びて狂乱状態に陥ったことを知るのが遅れ、敵意を持つものに自分を攻撃する大義名分を与えてしまったのだ。
しかも戦乱に巻き込まれた凡庸な一族達は早々に保身を図り、ラファエルの身柄を引き渡すことを条件に降伏してしまったのである。
ただ一人孤立し、一族からも追われながら彼は貧民街へと逃れた。だが不自由ない生活に慣れた彼にとって、飢えと寒さで凍える生活は厳しかった。追手に発見され、弱った体で逃げている所を匿ってくれたエイミという名の幼い少女がいなかったなら、彼は生きていなかったにちがいない…。
彼女にとってそれは「兵隊が嫌いだから、邪魔をした」というだけの、ほんの気まぐれな行動にすぎなかった。
しかしそれは、自分の力だけで生き抜いてきたラファエルにとって、生まれて初めて他人に助けられた瞬間だったのだ。彼に欠落していた何かの感情が沸き起こり、ラファエルにとってエイミは特別な存在となった。
これまで持っていた価値観から一歩離れて見た世界はまったくもって新鮮で、そして無意味なものだった。
貴族たちは自らの利益と保身のみを考え、争いを繰り返すばかり。平民は平民で、戦乱に疲れ果て全てを諦めきっていた。無気力で生きていても死んでいても変わりないような者ばかりだった。
戦乱のもとでは、真の意味で生きている意味を持つ人間はいないと確信した彼は、エイミを連れて貧民街を出た。
彼らはくだらない戦乱を避けて地方都市へと移ったが、環境が変わってもエイミは周囲に心を開かなかった。
長い貧民街の生活は雑草の如き生命力と強い警戒心を育てていたが、同時にまだ10歳にも満たない彼女から未来という希望を消し去ってしまっていたのだ。
彼はソレルの名を隠してある資産家に近づき、少女を養う為の財産を得た。持ち前の聡明さで犠牲者と周囲の信頼を得、折をみて毒を盛ったのである。あとは「屋敷の主人は長い旅に出かけた」と偽りの情報を流すだけだった。
やがて彼は屋敷の図書室で、己の転機ともなったイヴィルスパームに関する書簡を発見する。
その全貌に興味を持った彼が、ソウルエッジにたどり着くのに時間はかからなかった。
狂気と引き換えに持主に力を約束する魔剣、ソウルエッジ。それを愚かな貴族どもの中に投げ込んだなら…。
間違いなく彼らはソウルエッジを奪い合うだろう。一時的に戦乱は大きくなり、そして最終的には自ら破滅の道を歩んでいくに違いない。
当然ソウルエッジをめぐる戦乱によって平民にも被害は出るだろうが、彼らはもともと死んでいるも同然なのだからどうなろうとかまわない。
それを己の欲で戦乱を起こす貴族どもを一掃し、エイミが自ら意味ある人生を歩んでいける世界を用意することができるなら…。
その為には、ソウルエッジの入手が不可欠であった。必要ならば、何としてでも手に入れて見せよう。
たった一人のための壮大な、そして狂気を含んだ計画がラファエルの中で織りあがっていく…!