『人間とはそもそもいかなるキマイラであろうか。何という奇妙、何という怪異、何という混沌、何という矛盾に満ちたもの、何という驚異であることか。』
-パスカル「パンセ」-
かつてソウルエッジを握り、邪剣が囁くままに夜な夜な虐殺を行ってきた男。彼の赤い視線と、異様な一つ目の大剣を人々は彼を恐れた。ナイトメア…悪夢と。
もともと神聖ローマ帝国の辺境に位置する黒い森を根城とする盗賊団「黒い風」の首領だった彼は、長らく遠征に出かけていた騎士であった父親が何者かに殺されたのを期に略奪の生活をやめて仇討ちの旅に出る。
いつしか聞いた最強の剣ソウルエッジ…。それを手に入れば、父の仇を倒すことができると考え各地の戦場を巡りながら旅を続けた彼は、やがてスペインの廃港で異様な気を放つ剣とその持ち主だったであろう海賊らしき死体を発見する。剣を護るかのように炎に包まれて起き上がった死体を倒した彼は、剣の柄に手を伸ばす…。
そうして、彼は聞いたのだ。その剣…ソウルエッジの声を。
魂を喰らう剣、ソウルエッジ。その集めた魂を使えば、父親を生き返らせることも不可能ではないと。
新たな目的を得た彼の体から邪剣の気があふれ出す。それは美しい光の束となって夜空に舞い上り、世界中へ散っていった…。
彼はこの瞬間、後にヨーロッパ中を恐怖で染める狂騎士、ナイトメアとなったのだ。
今ソウルエッジが持つ力だけでは父親の復活には足りない。そう考えた彼は邪剣に力を注ぐため、次々と集落をその凶刃にかけていった。それだけでは足らず、強い魂の持ち主を探してはその魂を邪剣に喰らわせ続けた。しかし三年程経ったある日、その凶行は終わりをつげた。
今まで通り犠牲者は邪剣の糧となるはずだったが、その日は違ったのだ。逆に彼のほうが、追い詰められてしまったのである。その理由は相手の一人が手にしていた剣にあった。
霊験ソウルキャリバー。そのソウルエッジとは対極の気を放つ剣の使い手達との戦は、邪剣を中心に染み出した炎と邪気が渦巻く空間へと舞台を変えていく。そして激しい死闘の末ついに邪剣は砕かれ、彼はその衝撃で砕けた邪剣と共にゆがんだ空間へと落ちていった…。
ソウルエッジの邪気が急激に弱まったのだろう。彼は辛うじて人間性を取り戻していく。
己が重ねてきた罪と自分に向けられた恐れと怒りの記憶、そして記憶の底から浮かんでくる鮮明な記憶。
父親の命を奪ったのは他でもない、彼自身だったのだ…!
いずことも知れない土地へ投げ出された彼は自らの記憶に押し潰されそうになりながら、砕けて弱まったあまり絶えず破片が剥がれゆく邪剣を握り締めて夜へと消えていった…。
邪剣を再び人の手に渡してはいけないという一念で、彼は人里を離れて道なき道を行く。
だが、彼は決まって死体の傍らで目覚めた。彼が眠る僅かな時間の間、彼の身体は邪剣に乗っ取られるのである。目覚めるごとさらに罪の意識を重ね、苦悩しながらも彼は最も安易な逃げ方…死を選ぶことだけは避けた。
もしそうすれば、野放しにされた邪剣は間違いなく次の宿主を見つけてしまうからである。
強い意志をもって彼は、邪剣を封じるべき場所を探してさまよい続けた。
彼と邪剣のバランスの変化は徐々に現れてきた。始めは僅かであった肉体を支配する意識の交代が不規則になり、邪剣のほうが、徐々に長い時間を支配するようになった。
邪剣が支配する時間に行われる殺人。それを積み重ねた結果、大小の亀裂が無数に入っていたはずの邪剣が少しずつ癒えていたのだ…。
そして、四年もする頃には、それ相応の邪気さえ放つまでに回復していたのである!
逃亡の過程で失った数多の破片、かつて「イヴィルスパーム」として飛び散ってしまった邪気、そして砕かれてしまったもう一本のソウルエッジ…。
今や大半の時間を邪剣が支配する肉体は、再び「ナイトメア」として失われた自身を求め、ついに本格的に復活に向けて動き出した!
…その一方で「彼」の意識もまた、与えられた僅かな時間の中で足掻き続けていた。