『私は暴力に対して一つの武器しか持っていなかった。それは暴力だ。』 -J.P.サルトル「歯車」
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長い歴史において、ソウルエッジを求め旅立った戦士達は数多い。はるか昔から邪剣の噂は
たびたび人々の耳に届き、それは常に聞く者の欲を刺激してきたのだ。しかし全ての戦士達が ソウルエッジにたどり着けたわけではない。過酷な旅を耐え抜き、目的へと到達できた英雄は、
ほんの一握りだけだった。そして、彼らが持つ強い魂は邪剣にとってこの上ない捧げ物となったのだ。 こうしてソウルエッジはその血なまぐさい過去を積み上げてきたのである…。
彼もそういった戦士の一人であった。彼はその旅路の末にソウルエッジへとたどり着くことができた
強き魂の持ち主であった。その当時邪剣を握っていた者を倒した彼は、自分が通常と異なる空間へと 足を踏み入れていることに気付く。しかし、不意に現れた冷たい炎の塊がおぼろげに人の形をとるのを
目前にした彼は、抗うことできない恐怖に取り付かれたのである。そう、戦士としては恥ずべきことだったが、 彼は逃げ出したのだ。
…だがそれは正しい選択とは言えなかった。恐るべき邪剣に取り込まれることは避けられたものの、 ソウルエッジが内包する恐怖の世界から逃れる術は見つからなかったのだ。通常の体力の持ち主ならば、
時間と共に異界の毒に犯されて死んでしまったであろう。だが彼は、その異常なまでの体力と 気力で生き延びたのだ…!
彼の身体は次第に変化していった。体力を奪いつづけていた毒気に対応するのと引き換えに、
彼の精神は孤独によってゆっくりと破壊されていく。屈強な戦士だった彼の肉体は環境に適応して変形し、 もはや人間のそれではなくなった。いつしか、飽くなき闘争心だけが彼に残された全てとなった…。
最早自分が何者なのか、どこにいるのかすら忘れていながらも、彼は本能的に武器を手にする。 そしてかつての彼のように生きながらこの世界へ入り込んだ者を狩りながら、終わり無き時を
生きてきたのだ。
いったいどれぐらいの時間がすぎたのだろうか?
それまでの永劫が嘘のように、その時は不意に訪れた。 彼の世界へと踏み込んできたその男女が携えていた一振りの剣。その剣から発せられる波動は、異界に適応していた
彼に多大なダメージを与えたのだ。生命の危険を察知した彼は剣の波動から逃げるように空間のほころびの一つへと 身を投げる。…その波動は彼の世界そのものにもダメージを与えていたのだ。
こうして彼は懐かしき世界へと生還した。しかし彼の身体は、もはや異界の毒がなければ生きていけない程までに 変化していた。既に空間の綻びは苦しむ彼を置いて消え去り、彼は一人取り残されていた。このままでは、
力尽きるのは時間の問題と思われた。彼は常に身を焼かれる苦しみを背負い彷徨いはじめたのである。
その苦しみは凶刃となって、出会う者に向けられた。…彼にとって、出会う者は全て「敵」であった。
何人目かなどと数えてなかったが、いつもと同じように彼の姿におびえた「敵」が足元に倒れて
動かなくなった時、彼は懐かしい波動を感じた。彼の身を焼く苦痛が少しだけではあるが 軽くなったのである。彼は亡骸を探り、小さな金属片を手にする。それこそは砕かれたソウルエッジの
破片であった。金属片から発せられる懐かしき波動は、彼の苦痛を和らげてくれた…。
彼の思考に目的というものが芽生える。この金属片を集めれば、きっと苦痛から開放されるに 違いなかった。そして金属片は「敵」が持っていた…。
彼がその後、どこへ向かったかを知る者は皆無である。しかしソウルエッジを求め、
欠片を集める者の前には遠からず彼が現れることだけは確実と言えるだろう…。