『人はどんなに高い所でも昇ることができる。決意と自信さえもてれば』 -アンデルセン-
ソン・ミナは歩きながら自分の考えをまとめていた。
やがて武術の師でもある父親、ソン・ハンミョン(成漢明)の部屋の前までやってくるとしばらく考えた。
そして意を決して扉を叩いた。
李氏朝鮮ではその名を知らぬ者はいない成式道場は、二度にわたる救国の剣ソウルエッジ探索の旅に任命されたことがある水軍の雄ファン・ソンギョン(黄星京)をはじめとして、数多くの優れた武人を排出した名門である。
だが武神と称された成家の長、ソン・ハンミョンにも悩みはあった。娘のソン・ミナである。
幼い頃から斬馬刀に親しみ、門下生達に混じって腕を磨いた結果、ミナは優れた戦士と成長した。決して平和とは言えない世の中、ハンミョンは娘の武芸の腕を頼もしく思っていたものだ。将来あとを任せられるであろう婿をとり、立派に成家を継いでくれるに違いない。
…だが、事態はハンミョンの想いとは違う方向へと進んでいった。
七年前に救国の剣ソウルエッジの噂が李氏朝鮮に広まったとき、人々はソウルエッジこそが国を護ってくれると期待した。
当時、隣国日本が統一されるとの情報が届き、海岸線には軍備が整えられるなど、李氏朝鮮は騒然としていたのである。
やがて国は救国の剣探索をすることを決定し、成式道場からファンが抜擢されたのだ。
しかし、人一倍国を思う気持ちが強く、また武術にも長けたミナが黙っておとなしくしているはずがなかった。
彼女もまた、国を救いたい一心からハンミョンの反対を押し切り、中ば強引に救国の剣探しの旅に出てしまったのである。
しばらく後、ファンは旅先で出会ったミナを連れて成式道場を訪ねた。彼は隣国日本の侵略が始まるとの報を受けて、救国の剣は見つかっていなかったが急ぎ帰国したのであった。
ミナはその後、再びソウルエッジを探すために旅に出たが、またしてもソウルエッジを手に入れることはできなかった。
前回と同じく、再び救国の剣探しの命を受けたファンによって連れ戻されたのである。流石に二度にわたる家出は父親の怒りを買い、彼女は厳しい修行のやり直しを命じられていた。
そんなある日、彼女は血気はやる成式道場の門下生のユンスンを諌めるため、その刃に己を写せば、自らの心の奥底が見えるという白露という名の一降りの刀を渡す。彼は帰国したファンに勝負を挑み、皆の前で断られていたのだ。
ファンにとっては、帰国した以上は一刻も早く沿岸警備隊へ向かいたかっただけのことであった。だがファンを追い越すべき目標として見ていたユンスンには、自分が勝負するに足らない格下と見られたと思えたのだ。ユンスンは荒れに荒れ、昔から彼の姉御役だったミナ以外、誰も近づけない始末であった。
翌朝、刀を返してもらおうとユンスンの部屋を訪ねたミナは置き手紙を見つける。手紙には救国の剣を探しに行くと書かれており、刀はユンスンが持って行ったらしく、部屋に残っていなかった。
白露は、何を隠そう成家に伝わる家宝の一つである。その家宝が知らぬ間に持ち出されてしまったとあったならば、当主ソン・ハンミョンの怒りは想像にかたくない。しかもそれをユンスンに手渡したのが、他ならぬ娘の自分だと知れたなら…
ミナは早速思案を巡らせ、事の詳細が判明する前にユンスンを連れ戻す役目に自ら立候補するため、父親の部屋を訪ねたのである。
二度にわたって世界を旅した経験と武術の腕前、そしてユンスンに対しては昔から強く物を言える立場にいるため、 彼に言うことを聞かせやすいというのが自分を推す理由であった。もちろん自分で己のけじめをつけなければならいという思いも
あったが、こちらは父親には伏せておいた。
ミナはハンミョンにとって大事な一人娘である。だが娘の瞳は決意に満ちあふれていた。もしも止めれば娘が三度目の家出をしてしまうであろうことは簡単に予想はついた。父として、むざむざ娘の評判を落としかねない展開にはしたくない。それに娘の言い分にも一理ある。確かにミナ以上の適任はおるまい。
はじめは渋っていたハンミョンであったが、その日の夕食までには、愛娘にその役目を与える決心をしたのである。
…それから数日後。ユンスンの足取りを追ううちに、ミナの目的に「救国の剣探索」が加わってしまうであろうことに彼が気がついたが、その頃既に娘は国境を越えてしまっていた。