『彼女は秘密を守る。』 -エルンスト「百頭女」-
「不老不死の鍵」と言われるソウルエッジを求めるあまり、錬金術師でもあったバレンタイン伯爵は狂気の中で他界した。彼がソウルエッジのために続けた出費はあまりにも多大だったため、ロンドンの名門バレンタイン家は一代にして没落してしまったのである。
夫人もまた伯爵の後を追うように病に倒れ、バレンタイン家には一人娘であるアイヴィーだけが残った…。
実は彼女はバレンタイン家の実子ではなかった。まだ赤子の頃に屋敷の前に捨てられていたのを在りし日の伯爵夫妻が引き取とられて、養子として育てられたのだ。伯爵夫人の遺言で初めてそのことを知ったアイヴィーであったが、それでも彼女にとっての両親は伯爵夫妻しかいなかった。
育ての父の遺志を継ぎ、ソウルエッジを求めて錬金術を学んだアイヴィーはその研究過程においてソウルエッジの正体が「魂を喰らう邪剣」である事実にたどり着く。邪剣の噂に惑わされて死んだ父親の無念を晴らすべく、ソウルエッジの破壊を誓った彼女はもてる知識の全てを使った。
遂に妖しげな儀式をもって何者かを呼び寄せ、鞭へと変化する機械仕掛けの剣アイヴィーブレードに命を吹き込むことに成功する。
自ら意思を持ち、主であるアイヴィーを護り、また彼女の敵を討ち果たすであろうその剣を手に、アイヴィーは邪剣探索の旅へと旅立ったのであった。
そしてアイヴィーブレードに命を吹き込んだ張本人−ナイトメアと出会った彼女はその恩を返すため、彼が行おうとしている「反魂術」の手助けをすることになる。
…全ては邪剣の計画とも知らずに。
だがナイトメアが倒れ、ソウルエッジが砕かれたあの日。遂に彼女は、ナイトメアこそがソウルエッジの持ち主であったことを知る。それはソウルエッジを破壊するための愛剣が、他ならぬ邪剣の力で生命を持っていた事実を意味していた。そしてアイヴィーは、自身の出生の秘密をも知ることになる。
彼女の実の父親…それはかつてソウルエッジを握り、邪剣に操られた男だったのである…!
思わず逃げ出したくなるような事実に衝撃を受けたアイヴィーは故郷へ戻り、暗い実験室に閉じこもる…。今や憎悪と後悔の対象でしかないアイヴィーブレードを何度破壊しようとしただろうか。
だが、その度手が止まる。
私もこの剣と同じなのだ。…そう、私にも邪剣の血が流れているのだ。同じ血が…。
アイヴィーブレードはただ静かに、主の命令を待っていた。
数ヶ月にもわたる長考の末、暗い部屋から出てきた彼女は、「邪剣破壊」にかわる「邪剣の完全なる根絶」という新たな目的を得ていた。彼女は目的を達成するという誓いの証として、忌むべき愛剣アイヴィーブレードに「バレンタイン」の名を冠すと、すぐさま旅支度を整えたのである。
数多に存在するであろうソウルエッジの欠片全て、邪剣の血筋を持つ者、そして邪気に犯されたと思われる人物全員を抹殺する。全ての禍根の芽を摘む為には、該当者の善悪すら問うてはならない。僅かな可能性も見逃さず、いかなる例外をも認めない。
鬼とでも悪魔とでも呼ぶがいい…! 邪剣の芽を残さず刈り取るためならば、喜んでその名に甘んじよう。
自らの分身とアイヴィー自身さえ消し去らねばならない、長く厳しい誓いの道。
育ての親の姓「バレンタイン」の名は、邪剣の血筋を濃く引きながらも強い意志をもって「人間」として生きようとする彼女の象徴であった。