『世界を動かさんと欲する者は、まず彼自身動かねばならぬ』 -ソクラテス-
平八がクマと山ごもりを終え、下山して立ち寄った温泉宿。この町一番の老舗という宿には先祖代々伝わる品があった。
その古ぼけた金属片と共に残された古い絵巻物によれば、これこそは中世ヨーロッパ史に名高い 「人に手による魂喰らいの邪剣」ソウルエッジの破片ということであった。
そうそう本物が現存するような品とは思えないが、確かにこの金属片には何か曰く付きの空気が備わっているようである。
絵巻には屈強な侍の姿が描かれており、彼こそが世界を巡る旅の末にこの破片を手に入れたと伝えられる、 この家の先祖であるという。
混乱の時代の中、数多くの戦士達が奪い争ったであろう秘剣の欠片。もしも本物であれば、様々な戦士たちの魂と
戦いの記憶が宿っているに違いない。自らの身体に流れる血が騒いだのか、思わず平八はその破片を手にとった。 だが、その妖しい光沢を眺めているうちに彼はうっかり指の先を軽く切ってしまったのである。
…不意に平八は眩暈を起こして床に手をやったが、その手が触れたのは本来そこにあるはずの畳の床ではなかった。
違和感を感じてあたりを見渡した彼は、そこがついさっきまでいた宿の一室ではないことを発見する。 日暮れの中、平八は山中の河原で屈んでいた。そう、かれは見知らぬ土地にいるのだった。
突然のことに驚きながらも、彼は冷静に行動する。
その後しばらく放浪した平八は、ここが現代の日本ではないことを知った。どう考えても古い時代にいるとしか
思えなかった。様々な情報を吟味すると、「今」は十六世紀後半らしいのである。
例の金属片は未だ彼の手の中にあった。どうやらこいつは本当にソウルエッジの一部であるらしい。 この破片が何かやらかしたのは間違いないだろう。手を切った際に、平八の血が過去の戦士達の記憶に
同調してしまったのであろうか?
事の真相はどうあれ、ともかく帰る方法を探さなくてはなるまい。
だが平八は、今後起こるであろうことを想像して思わず喜びに震えた。この破片には、多くの戦士達が奪い合い、
戦いを繰り返したという歴史があるのだ。そして自分は今、正にそのまっただ中にいるのである。 力が支配する戦いの時代で己の力量を量れるのだ。格闘家としてこれ以上のお膳立てはあるまい!