『我が姿に似せて人間を造る。我が身に等しく、苦悩し、泣き、享楽し、はたまた歓喜し、我と等しく汝を物ともせぬ種族を。』
-プロメテウス -
フラリといなくなった姉が傷だらけの状態で、東洋人の女に連れられて帰ってきたのはもう7年も前のことだ。古きオリンポスの鍛冶神ヘパイストスの神託を受け、邪剣ソウルエッジを破壊するための旅だったのだと姉は言った。その話はあまりにも突飛すぎて誰も信じなかったが、カサンドラは違った。彼女は姉が嘘をつくような人間ではないことを知っていたし、邪剣の一振りを砕いた時に負ったという傷の治療の際に、姉の身体から抜き採られた「邪剣の欠片」を見たのだ。だから数年後、結婚を目前にした姉が再び失踪した時、カサンドラはその理由がソウルエッジに違いないと考えた。
家族の心配に答えるかのように、しばらくして姉は帰ってきた。邪剣に汚染された土地を清めてまわってきたと語るその顔には、何かをやり遂げた者特有の穏やかさがあった。
その後婚礼を上げた姉は鍛冶屋を営む夫との間に2人の子をもうけ、今では幸せな家庭を築いている。
今日もカサンドラはアテネの街で小さなパン屋を営む実家の手伝いをしていたが、ちょっとした用事で少し隣町にある姉の家へやってきていた。まだ幼い子供達の寝顔を見ながらカサンドラは冗談混じりに言った。
「ピュラ、そしてパトロクロスもよく聞きなさい。君たちがしっかり捕まえてないとお母さん、また神様のお使いに行っちゃうぞ。」
その言葉を聞いた姉は微笑んで幼い姉弟の頭をなでながら、自分にはもう神様の声は聞こえないからと答えた。
やがて仕事が一段落したのか、義兄が部屋に入ってきた。今まで眠っていた子供達は急に跳ね起きて、我先にと父親のほうへ走る。これは見たことがない素材だと語る義兄の手から金属片をもぎ取り、必死で奪い合う子供達…。その様子はまるで自ら体の一部を取り合っているような、常軌を逸したものだった。
カサンドラはその金属片に見覚えがあった。そう。ソウルエッジの欠片…!
子供達の態度が示す事実に姉は声なき悲鳴を上げてくず折れる。その悲鳴にはっとしたカサンドラは、咄嗟に子供達の手から金属片を奪うと叫んだ。
「これが何だっていうのよ姉さん! こんなものに何ができるとでもいうの?
しっかりしてよ! それでも神の声が聞こえるって強情張って旅に出た聖戦士様なの?!」
彼女の中に怒りの感情が沸き上がる。突然の事態にあわてる義兄を残してカサンドラは姉の家を飛び出し、そのままヘパイストスの神殿へと走った。
「なんで姉さんをまきこんだのよ!? 神様のくせに! 答えなさいよ!」
今や訪れる人もいない神殿に彼女の怒声が響き渡る。叫び疲れて座り込んだ彼女の目に、結婚式のあと姉が夫とともに奉納した鍛冶神の加護が宿るという武具が映った。それは4年もの間、風雨にさらされながらも未だ輝きを失ってはいなかった。
カサンドラはその武具と、手にしたソウルエッジの欠片を見比べる。まるで武具を恐れるように、忌むべき破片は鳴くような音をかすかにたてた…。
…まだ終わっていないんだわ。でも、姉さんはもう旅になんか行かせない。
私が邪剣を倒そう。へパイストスなんて信用できないけれど、今、目の前にはその為の力がある…!
東の空から光が差し込む頃、いつものように静寂に包まれた神殿にカサンドラの姿は無かった。
ただ、かつて奉納された武具が一組、消えていた。